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推し活は地球を救う②
2026.04.19
推し活は地球を救えるのか。前回からの続きです。
寺・神社・教会の推し活
亡くなった方を弔うこと、つまりはお葬式についても、直葬が簡素化・進化系の最先端であるならば、お葬式の形が変化して選択肢が増えている現在はその過渡期なのかもしれません。
しかし、実際にお葬式の手配をする現場にいると、お葬式の行い方(仏式で言えばお寺様を呼ぶか否か。呼ばないつもりだったが本当にそれでよいのか?等)について迷う方も多くいらっしゃり、簡素化・進化系に突き進むばかりでないことがよくわかります。
「寺離れ」という言葉が世に広まっていますが、これはイコール宗教離れとも違うようです。
既存の伝統仏教などにはその傾向にあるというのが一般的な見方ですが、一部のいわゆる新興宗教や伝統仏教から枝分かれした諸派やキリスト教などの教会の各種集いには人々が集まっているものも多くあり、「寺離れ=宗教離れ」とは一概には言えない状況もみうけられます。
おそらく人々の宗教への帰依がなくなったわけではなく、どこかに心のよりどころを求める気持ちはあり続けているのでしょう。
伝統仏教離れは、日本人特有の「古いものをやぼったく感じる習性」みたいなものかもしれません。
そのやぼったくなる習性や宗教への敷居の高さを感じながらも、何か感じるところがあるのであれば、手始めに仏教をはじめとした宗教自体に信心がなくても、興味をもって楽しむところから、寺や神社、もしくは教会を訪ねてみるのも悪くはないかもしれません。
寺・神社・教会、それぞれに宗教行事以外のイベントを開催しているところも多くあります。
実際そういうきっかけで寺や神社、教会等へ通うようになったという方もいらっしゃるようです。
宗教とはAI君に訊いてみると、
「人間の力を超えた存在への信仰を中心とした思想や観念の体系であり、それに伴う教義、行事、儀礼、組織を持つ社会集団を指す」
と教えてくれます。
何やら小難しい感じですが、人の心のよりどころになるものという感じでしょうか。(違います?)
こと仏教については「葬式仏教」などと揶揄されるもことが多々ありますが、仏教をはじめとした宗教が人の心のよりどころとなって、心の安定・平穏をもたらすものならば、あった方がいいですし、多くの人が各自心のよりどころとなる宗教を「推し」とすれば、そこには小さな平和がもたらされるんじゃないだろうかと思ったりします。
お葬式に宗教者を招いて行うことも同じ。
そこに送る人と送られる人の心の安定・平穏をもたらすのであれば、お葬式に宗教者を招くのは全然ありでしょう。

「ALL YOU NEED IS LOVE」とはよく言ったものです。すべては愛だぜ!
古いものをうざったく思う気持ちは少し横に置いといて、ことその推し活を神社や寺に当てはめてみると、御朱印をいただいた時に包む初穂料や納経料は神様仏様へのお供えであり、法事ごとに僧侶に包むお布施も現実的な言い方をすれば、それはお寺や神社が継続していくための維持管理費です。
寺や神社等が継続していって、且つそこに集う人々心の平穏をもたらしてくれるのであれば、御朱印や御布施などは寺や神社への推し活としてあるべき姿なのかもしれません。
・・・まあやや無理やりですが(笑)。
(信仰についてはもちろん強要されるものでもありませんし、特定の宗旨を推薦・推奨するものでもありません。)
自分が楽しんだり、心に平穏をもたらすことに対して対価を払い、それらの継続に寄与する。
推し活の幅を広げていって、それが浸透すればいろいろなことがうまくまわっていくような気がするのですがどうでしょう?
様々な意味でも推し活は地球を救ってくれる活動のひとつになるのではないでしょうか。








